市指定文化財「大畑屋敷板碑」
「板碑(いたび)」は、「石塔婆(いしとうば)」とも呼ばれる石碑です。鎌倉時代から江戸時代初期にかけて、武士階級の人々により供養のため全国で盛んに造立されました。板状に加工した石や自然石の表面に、梵字(仏を表す古代インド文字)、造立年月日、供養される人の名、造立者名などが刻まれます。市内にはこうした板碑が、30基ほど確認されています。
この「大畑屋敷板碑(おおばたけやしきいたび)」は、鎌倉時代後期の造立とみられ、大日如来を意味する仏種子「ア」(実物は梵字)が刻まれています。元々は、現在地の30メートルほど西側で大畑屋敷と呼ばれる場所の東側の水田の畦に立っていました。1970(昭和45)年に水田の区画整備事業のため現在地に移されました。
【文化財こぼれ話】
口内町宝積地区と綾内地区の水田が見渡せる十字路に移されたこの板碑。地域では、「昔、この場所(以前の所在地)で行き倒れになった人がいて、それを供養したものだ」とも言い伝えられているようです。大畑屋敷板碑は新たな場所でも地域の人々に大切に守り伝えられています。
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更新日:2021年03月25日