令和5年度発掘調査報告速報Vol.1藤沢遺跡
藤沢遺跡(ふじさわいせき)
所在地:北上市藤沢15地割 調査期間:令和5年5月1日~6月26日 調査原因:駐車場建設
藤沢遺跡は北上市中心部から北に12キロメートルほど離れた、和賀川北岸の高位段丘上に立地します。過去の調査により、縄文時代・奈良~平安時代にかけての集落、狩猟の場であったことが分かっています。今回の調査では縄文時代前期(約5,500年前)と中期(約4,500年前)の狩猟のための落とし穴と考えられる土坑を10基、江戸時代と考えられる墓穴を1基、近代と考えられる炭窯を1基を調査しました。今回見つかった円形の落とし穴は、約6,000年前に噴出した十和田中掫(とわだちゅうせり)火山灰が堆積しているものがあること、その上層から縄文時代前期の土器が見つかっていることから、縄文時代前期前葉(約6,000年前)のものと考えられます。また溝状落とし穴は、埋没後の円形落とし穴を掘り込んでつくられるものがあること、埋土から縄文中期中葉(約5,000年前)の土器が出ていることから、縄文中期前半(約5,500~5,000年前)のものと考えられます。縄文時代の落とし穴は詳細な年代が分からない例が多いですが、今回の調査で年代の明確な例が発見されたことは大きな成果と言えます。時代を変えて同じ地点に落とし穴が掘られていることから、この場所は動物が頻繁に通る狙い目の場所だったと考えられます。

遺跡空撮(南西上空から、白丸が調査区)

円形の落とし穴(南から、縄文時代前期前葉:約6,000年前)

溝状の落とし穴(東から、縄文時代中期:約5,500~5,000年前)
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更新日:2024年03月15日